2012年5月 6日 (日)

普通にこう答えた 「右」

 地デジ難民を半年以上続けてる内にあんだけのテレビっ子だった私がどうしてこうなるってくらいテレビ欲求を失って枯淡の境地に入ってきたのを感じつつ、運が良ければ面白いメンツに当たる「僕らの時代」を点けてみたら加藤茶・ラサール石井・高橋ジョージの「年の差婚トリオ」ってもう心底どうでもいい。
 午前中はネカフェとジュンク堂で潰して私らしい。午後は渋谷駅で卒業生某氏と待ち合わせ。昨日の溶岩焼きの店でハンバーグランチ。これまた旨し。昨日の日記にゃ書いてないけれども、カウンターの内側に入ってる男性店員さんも、お運びの女性店員さんも、ここは新大久保かってくらいの顔面偏差値激高韓流系でした(新大久保には行ったことないけど)。
 14時から駒場で五月祭会議がある(あ、書き忘れてましたけど、この卒業生氏、TQC現会長ってことで一つよろしく)という卒業生氏と二人、そんじゃ駒場でお茶しましょってことでタクシー移動。イタトマにインする。

 話題はですからクイズのことばっか。「高クイ」とか「ナナマルサンバツ」とか「水津本」とかの話題から、TQCの近況から30パの話まで(今年、開かれるんですよね?)。
 準備絶賛遅延中(まっぴぃ、がっ様、オツカル様、遠ちゃん、荒りん、リンリン、北白川くん、でっくん、よっすぃ、御御御大、JTCYさん、って11人が現在のスタッフって認識でオッケー?)の「東大盂蘭盆会」に向けて、先ずは昨今のオープン事情を知っておこうと、私ここ1年でいくつかのオープンに関して観戦に行ったり実際に参加してみたりしたんですけれど、それについて卒業生氏が仰有った「イケノト先生がオープンに現れるのはF高が『高校生クイズ』に本腰を入れだした証拠だ、って言ってるクイズ人がいますよ」ってのが面白かった。誰だよそんなこと言ってるのは。ただ、そういえばオープンの場で記録集とか買ったらそういう方向に役立つねってのに気づかされたので(気づいてなかったってのが顧問失格ですけど)、卒業生氏に販売問題集をばんばん買っといてねって話を通しておきました。
 イタトマでは、59回生某氏と60回生某氏(どっちも勿論東大生)とに偶然お目にかかってご挨拶。向こうから「池ノ都先生ですよね?」「こんなところで会うなんて」ってご挨拶に来て下さったんですけど、確かにK市の人間がいきなりピンポイントで東大構内にいたりしたら生霊かと思われてもしかたがなく。

 夕方以降の記述は後で。

2012年5月 5日 (土)

もしかして真逆に進んでいますか?

 徹マンは6時くらいまで。基本的にひらた~い結果で終わりました。TQC18期とやる時みたいな血痰ダジャレ応酬みたいなこともなく(「いしいひさいち、倍直ん」って、多分若い子は分からんだろうな)、粛々打ち続けるのみって感じで。
 卒業生のうち1人が神保町のエロDVDショップでアルバイトしてるって言ってて明日は神保町古書街を訪れる予定だから何か買いに行ってやろうかなぁと思ったけれども、流石にこの年でそれはないなと自重。帰った後で届いたありがとメールへの返信に「頑張ってエロDVDを売って下さい」って書くだけにしました。

 ホテルに戻ってシャワーを浴びた後、1時間ばかり仮眠を取ってベッド読書。ホテルから歩いて5分の所にちょっと有名なラーメン屋があったので11時30分開店と同時に初入店。まぁまぁの味。店内ではず~っとミスチルのシングル曲が流れてました。ベストはもうすぐでしょうか。ダーリンダーリンの曲がどっちかに入ってたらそっちはいつか買うかも知れない。これまた昔TQC麻雀の時だったかにオツカル様が言った「世界三大ダーリンダーリンはMr.Children、矢井田瞳、ベン・E・キング」ってのを思い出す。

 Mr.Childrenを思うたびに何故か「自分探し」という血痰ワードが頭に浮かぶのは何故なんだろう(「手を出すな!」のせいかな)。さて、本日お昼は絶好の散歩日和、大学(本郷)時代の生活エリアをぐるり巡ろう、あの日に帰りたい逍遙2時間と銘打って山手線は先ず巣鴨駅へ。
 10年前の巣鴨駅とは似ても似つかぬ佇まい、アトレ入っとるがな。あ、でも、かつて私の席の隣りにどすっぴんのジェニーいとうが座ってて穴子を2皿注文してた回転寿司屋はあの頃のまま。お婆ちゃんの原宿とは反対、千石駅の方向に10分も歩くとかつて私が住んでた(家賃8万3千円の)ビル、その下にあって私にお酒を教えてくれた(蕎麦焼酎のそば湯割りってのが美味だった)蕎麦屋「まことや」さんはもうお店を畳んでいます。千石自慢ラーメンは移転してるし、ペッパーランチは潰れてるし、ココイチ出来てるし、と嘗ては自転車で20分だった通学路をゆっくりと散歩。今COCO'SになってるところにはかつてJonathanがあって、その閉店の日にはまっきょんと2人で深夜0時の瞬間を拍手したんです(店員さん号泣だった)。本郷農学部からゆっくりと三丁目駅方面へ。山手が出来てるとか加美良が無くなってるとかを改めて確認しつつ、本郷三丁目交差点を左、真っ直ぐ歩いて上野方面へ。途中、昔このあたりにオツカル様とあだっちょが住んでたよねって湯島方面を通りぃの。上野では動物園大好きっ子なんで行ってみようかとも思ったけれどもスルーして(パンダがいてこどもの日、なんて行くもんじゃないですよね)ずんずん進むと秋葉原。どこにも寄らずにただただ歩いて人を見るのが面白い街。秋葉原に来たら、気づけば必ずサスペンダーの人を探してるんですけど、これって私だけですかね。

 まっぴぃから連絡があって(今回の旅行では夜の日程が合わず残念)、池袋でお茶しましょって言って下さったので移動。
 歩きながら昨日の飲み会で卒業生に5年分くらいチュッチュチュッチュされた、って話したら「ベローチェ」に入ることになってイヤラシイ。コーヒーを飲みながら、噴水史家であるまっぴぃの黄金週間北陸旅行の話を拝聴。二宮金次郎像の話とか戦前の噴水の話とか、フェチるツボが全然共感できないんですけれども、噴水探してどこまでもっていうその情熱はダイヤモンドだし、「古老萌え」ってのはちょっと分かる。古本屋で拾ってもらっておいた水木しげる短編集を受け取って、一緒にジュンク堂まで行ってからお別れ。まっぴぃと話している内に、「股間若衆」をまだ買ってないことに気づかされたのです。それにしても、木下直之先生から「あの噴水の写真持ってませんか?」って聞かれるようになったってんだから、もう在野の学者ってことで名刺作っていいんじゃないのって思う(作ってたりして)。

 夜は、さだっちとのお約束で渋谷、溶岩焼きのお店。バーみたいな薄暗シャレオツ店内は、6人がけのカウンターとテーブル数脚のみ。私達はカウンターに座ってコース料理と飲み放題。料理も酒も良かったし、飲み放題のお運びも良かったし、っていうか2時間のはずが3時間も飲み放題させてくれてたし、ここは良。というわけで、明日のお昼の卒業生(58回生)某氏との約束もここにすることに決定、店内予約。
 さだっちとは、近況仕事の話。参加したオールナイトマニアイベントにNHKの取材が入ってそれを観た教え子に完バレして突っ込まれたってエピソード、良。私の学校の話の方は、笑わせる話だったら事欠きませんから、どんな時間だって持つよ、ってなもんで。

 健康睡眠。

2012年5月 4日 (金)

特エプ

 5時なんて時間に目が覚めたので、入浴後、池袋東口にあるお気に入りのネカフェに行って本を読んだりPC触ったり。サンシャイン通りのシネコン(予想通りの黄金週間大行列)で午後からある「テルマエ・ロマエ」のチケットを買って、ABCマートで新しい靴を買って、開店直後の「若貴」で昼飯食った後(どうでもいいですけど、最近回転寿司が5~6皿で良くなって来て老化)、ジュンク堂にイン。2時間逍遙背表紙読書、籠いっぱいの散財。母の日のプレゼントに、最近母君がはまっているという英語の絵本を見繕って郵送の手続き。
 「テルマエ・ロマエ」、★★★★★。これは素直に面白かった。上戸彩もそんなに邪魔じゃない。ヤマザキさんは西原さんとの「画力対決」の中で、映画のローマセットは超高額制作費ドラマ『ROME』(米英共同制作)で使われたやつをを使い回したと仰有っていました。この映画に続編があるなら(ありそうだけど)、実はそれを使ってもう撮っちゃってたりするんじゃないの、っつーのは穿ちすぎか。

 夜は、56回生との飲み会。最初はさしの約束だったんですけれど、一人増え二人増え、結局私と卒業生4人、合計5人で渋谷「十徳」。瓶ビールと日本酒をスイスイと飲みながら、彼らの近況報告を聞いたり(就活頑張ってね)最近の学校の様子をお教えしたり。
 二軒目は安酒「天狗」だったんですけど、ここでの二次会は最近ないくらい印象に残るもので。キス魔って、漫画では見たことがあったんですけど、本当にいるんですね。5年分くらいはチュッチュチュッチュされた気がする。残る卒業生3人はドン引きだったけど、彼女のいる子で他意無しの天然だって分かってるんでほぼアズユーライクイット状態でこれが大人の余裕ってもんよ(違うか。でも、あっち系の人のモーションはもっともっと直接的でかつ淫靡ですからねぇ)。他のテーブルの人達に「ねぇねぇ」って話しかけ出した時には流石に慌てましたけど。

 徹マンの流れになったんで、ど酔っぱの天然様はタクシーでお帰りいただいて(運転手さんに3000円お渡しして「※※駅までこれを運んでください!」って)、4人で卓を囲む。
 こっからは明日の日記……になる前に、対面のお生徒さんへのケータイ着信がまさかの天然様からで、「※※駅」にいるはずなのに何故か現在「渋谷駅」ってのに笑わされる(タクシーと3000円はど~したんだよ)。色んな同級生に電話をしながら私達を探してたみたいで、私の携帯にも今夜の飲み会と全然関係ない卒業生から着信があってました(ごめんね)。
 結局1人が迎えに行って、「ごめんね~、はぐれちゃって~」って入って来た氏が一次会、二次会の記憶を完全に無くしてたのに本日最後の驚愕。天然様、すげぇ。私の中で、酔っ払いキャラ好感度のかなりな上位にランクイン。

2012年5月 3日 (木)

ひいてはいけないカード

 6時に実家朝食。

 こないだ読んで笑わせてもらった「夏彦・七平の十八番づくし」をパラ読み。度量衡の喪失を批判するくだりで、車内大笑してしもうたんです。【引用】します。
 【夏彦 日本人が初歩の度量衡を失ったのは開闢以来、初めてじゃないかな。
 七平 一間って言っても、今はもうわからないでしょう。
 夏彦 百貫デブがわからないならわからないで構いません。メートルならわかるって仰言るならいいんですよ。我々もメートルになればいいんですから……ところが、火事があるでしょう火事が。以前は「火事はどこだい牛込だい」って言いましたな(笑)。どのくらい燃えたかっていうとこれが何平方メートル。老いも若きもわからない。
 七平 そうそう。
 夏彦 四畳半、六畳、八畳ならわかるんですけどね。
 七平 うん、わかります。約百坪ほど焼いて鎮火したっていうと、ああ、あれくらいかと。】
 「老いも若きもわからない」って、凄まじい破壊力だと思います。。

 さて、着替えと本とCD(新居昭乃さん新譜2作)とかしわめし駅弁を持って小倉から乗り込んだ新幹線はぐんぐんと東へ。学生時代の退屈を追体験するための上京旅行、前回からわずか1ヶ月半ですが、既に3ヶ月後の8月上京が楽しみになってるくらいでねぇ。
 池袋ホテルにチェックインした後は、初日飲み会のお相手Tくん(55回生)と待ち合わせ。池フクロウ交番で通じるかなぁと思ってメールしたんですけれども、やっぱり分からなかったみたいで。

 ちょっと前までよく使っていた「ホテルグランドシティ」の裏、蕎麦で日本酒をしたかった私が予約を入れたのは「坐唯杏別館」。安くて美味しい居酒屋メニュー(鴨以外は美味しかった。鴨はねぇ、「もりき」を知ってしまうとどうも……)を頬張りつつ、ビールに日本酒で会話を楽しむ。〆の蕎麦についてきたそば湯がどろっどろで私は好き。
 二次会は西口に出て「天狗」安飲み。

 就職先が決まったTくんを言祝いだ後、話は私の仕事の方へ移るわけで。中3から急に担任お邪魔しますをした学年の継続2年目、クラス替えを経て学級経営はどんな感じですかトーク。
 私「隣のB組はね、大人しく大人らしく生徒さん達がまとまっていて、先生も穏やかな方でいらっしゃって、ドラクエで言えば『いのちだいじに』って感じ」
 T「ドラクエで言うんですか。Dは?」
 私「もう一方のD組は、元気が良くて、担任の先生も体育会系の引っ張るタイプで、ドラクエで言うなら『ガンガンいこうぜ』って」
 T「なるほど。対照的なんですね」
 私「そうそう。でも、まぁ、どっちも一長一短あるのかも知れない。担任やってないと分かんない部分でね」
 T「で、先生のC組はどうなんですか? その中間とって、『みんながんばれ』ってところですか?」
 私「中間はとるけど、『みんながんばれ』じゃない」
 T「??」
 私「『いろいろやろうぜ』。『みんながんばれ』じゃなくて、『いろいろやろうぜ』」
 T「あっ……(やべぇ、スイッチ入れたかも←筆者妄想心内表現)」
 私「もうね、一年と一ヶ月もつき合っててまだまともに帰りのショートホームルームが始めらんないの。みんなバラバラに集まって騒いでさぁ、勝手に楽しんで壇上の担任なんて気にしゃがらねぇの。で、まとまりゃしねぇってこっちはイラついてんのに、それぞれ散った生徒達はそれはそれは楽しそうでね。何か邪魔したらこっちが悪いみたいなね。全員を座らせるってのがこんなに難しい高1ってなんなの? だから……あ、すいません、生中1つ!」
 T「『いろいろやろうぜ』」
 私「そう。ラスボス1ターン目でミネアが銀のタロット引いてクリフトがHP満タンのライアンにベホマ使うような、『いろいろやろうぜ』」
 T「……池のっちゃん、それ、二短だわ」
 私「二短っ! 一長一短ですらなく二短っ! 帯にも襷にもなりゃしねぇ!」
 T「まぁ、いつか『みんながんばれ』に変わったら二長ってことで」
 私「そうなる前に誰かが唱えたパルプンテの効果で僕が砕け散るからね」
 T「池のっちゃん、敵キャラなの?……すいませーん、生中1つ」
 私「間違いなく勇者ではないよね、扱いはスライム並だから……って何でなの? 何で僕んとこだけこーなるの? 指導力統率力ってどこに売ってんのっ?」
 T「そこはもう言いっこなしで」
 私「だってさぁ、あないにバラバラ好き勝手の蛸壺集団を黙らせようと思ったらさぁ、もう『おれにまかせろ』しかないわけじゃない? 担任勇者個人の威厳と迫力で有無を言わさず黙らせるよ、みたいな……あ、すいません、生中1つ……でもさ、そんなん、僕じゃ無理やん? 非力やん? 2ちゃんねるに『若いひょろひょろ』とか書き込まれるザコ助やん? 起立気をつけ礼の時の礼の角度が浅いとか授業中にくしゃみしたとかの理由で生徒を叱るような教員に今から進化しろっつったって無理だっつーの!」
 T「……やっぱり、キャラ損してますよねぇ」
 この「ドラクエ」学級経営論は、後日職員室の同じ年3人で盛り上がりました。流石アラサー。

 2軒回って健康睡眠。明日は聖地ジュンク堂本店!

2012年5月 2日 (水)

私はそっと呟くだけです。

 昨日の就寝は2時近かったけれども、8時前には健康起床。熱もほぼ完全に下がって、喉の違和感(痰が絡む)以外は不調なし。今日は実家に泊まって、明日から上京旅行4泊5日。ということで、今日以降K市に戻るまでの読了本は7日の記載になります。

 午前中の電車で小倉へ移動、半ドンで仕事上がりの母君と合流して西洋料理の店でランチ、昨日の飲み会でジーパンがダメになった(紹興酒を両足にこぼされたので今朝クリーニングに出した)のでそれを井筒屋で購入後、帰宅。
 ジーパンは、私はリーバイスだって決めてたんですけれども、母君がとあるお店で一目惚れした品がありまして、それを半ば強引に買わされました(っていうか「もう絶対これを買いなさい」ってお金を母君が出してくださいまして)。デザインに惚れた理由は私は正直分からないんですけど、履き心地が良いのは間違いないので嬉しいプレゼント。

 4月にスペシャルドラマで3夜連続で放送された学校もの、のうちの松下莉緒が主人公の奴を観る。法廷の解決シーン(神木キュンと別の女の子とが真相を激白して主人公の教員を救う)を観た母君が一言、「世の中がこんなに巧く行くわけがない」
 しかしまぁ、私が虚実取り混ぜて書いているこの日記の記述が、じゃあ昨今の学校の様子を幾許かでも反映しているのかと言えば……ねえ?

 実家に泊まったら休肝日。明日からは5日で3キロ増まではオッケーの本読み酒飲み旅行!

2012年5月 1日 (火)

しとしと五月雨 わだかまり

 半ドン授業の後で学園祭の後始末、毎年GW前最後の出校日は日程がこのように決まっております。私は授業がないので、のんびりと学年に関する仕事(GW中に生徒に書き込ませる学習計画表の作成)。

 午後、私の監督していた高1バザーテントの後始末。焼いてないまま大量に残ったたこ焼きのタネを、小麦粉が詰まるので流しやトイレには流せないのでさてどうしようか会議。そんなもん、グラウンドの端に穴を掘って埋めりゃいいじゃないかと。食べ物だから肥料になんべ。
 したら、お生徒さんたちったら真面目ですね、それをそのまんま事務室に伝えて「スコップ貸して下さい」って。そんなん無理に決まっとる! と叱った後、理科系の先生からスコップや根こぎをお借りしてみんなで穴掘り。高1とはいえ、土掘り遊びを始めたら夢中になるのが男の子。「このスコップめっちゃ掘れる!」とか「ダンゴムシおらんやろか」とか、何でも遊べるのは素直に偉いと思うよ後はスコップ根こぎを洗って返すところまで出来たら立派なんですけどね。
 洗い場で地味に泥落としをしている私の所へ、遊び終わった道具を次々に持ってくる生徒に、しかし私は「手伝え」とは言わないのです。GW前半ドンの日なんて、生徒には羽が生えてますから何言っても無駄。一人、「すまんね仕事増やして」って言ったお生徒さんがいたので、「別にいいよ。君らは散らかす人で、僕は片付ける人だから」って答えました。ま、真理ですね。

 午後は大口の飲み会が入ってて、私は某氏と2人で二次会の幹事を任されたんですけれども、私が押さえた店に移動する途中で「行く」って言ってた20人のうちの7人が裏切り離脱して、しかもそん中に一緒に二次会予約やった某氏が入っていたので全ギレする。
 二次会の店に移動した後なかなか来ないから何回も電話したんですけど出なくて、やっと繋がったと思ったらもう別の店に入ってなんだったらビールの一杯目でも注文した後だったってのが許せないんですね。どうしようも無い状態にしてからこっちにゴメンの電話するっていうのは姑息、こっちは店の人に7人分の突き出しとおしぼりとを片付けてもらってテーブルの構成も変えてもらってってことを謝り倒しながらやらなきゃなんないんだから、行けない(っていうか行かない)って決まった時点で電話すんのが筋でしょうがと。
 「悪かったって。後で合流するから」って言われたんで、「馬鹿なことを言いなさんな。合流なんてするわきゃないでしょ。大人だったら弁えてください」って最後をちゃんと敬語に出来たのは先輩に対する言葉として適切。

 怒りって体調不良を直すよね。ふざけんなって言いながら一次会以上にガンガン飲んで、4軒目の屋台まで回る頃には身体が全盛期かってくらい軽い。さ、明日から長いお休み。学校には8日まで行かんぞ。

2012年4月30日 (月)

ビューティフル・ドリーマー

 体調は万全からはほど遠く、多分コーラスの声は出ない。ギリギリまで寝て、集合時間の5分前に市民会館入り口前に着く。即点呼、コーラス大会最後の練習。結局2曲目(ラピュタ)は間に合ってません。朝の練習に通りがかった、コーラス大会と無関係の中学のあるベテラン先生が私を呼んで、「先生んとこのコーラス、ど下手糞やねぇ」って言ったのには笑わされました(そして、ちょっと傷つきました)。
 オープニングの和太鼓、ダンスとストンプの融合したパフォーマンス、演劇部公演、と生徒によるパフォーマンスを堪能した後、外部講演の間にロビーで食事を済ませる(ロビーのスクリーンで講演の様子を観ていましたが、中学生やウチの高1の中には純粋に楽しんだ人が結構いたんじゃないかな)。

 コーラス大会は、別クラスの生徒に学ランを借りて、コスプレで壇上に並ぶ。喉はボロボロなんで誤魔化し誤魔化し歌っていましたが、ライトの光が熱くて汗が滝のように吹き出す。これは、こないだの夜ホテルで汗をかいてた時と全く同じ感触で、これで熱が平熱まで下がっていったのを身体で感じる。隣に立っていた生徒に「ものすごく汗かいてますよ」と指摘されたので、「学ランが暑い。これを上までボタン留めろってのは虐待じゃないのか」とかなんとか答える。
 コーラスの結果は学年4クラス中の3位でした。練習時の力量といい普段の生活におけるクラスの雰囲気といい、私ははっきりと4位を覚悟していたのでこれは本当に意外。いずれにせよ、高1の皆さんは高2・高3の本気度合いとクオリティに圧倒されたはずで、今日はそれさえあれば問題はない。敬意と憧れをもって来年以降の学園祭の活動に打ち込んでもらえれば良いのですね。
 名物の映画は、学園祭本番前の一日がなぜか延々と繰り返すという、「うる星やつら」の押井守へのオマージュ。

 クラス別の解散時に、他のクラスがコーラス委員に喋らせたりネタをやらせたり写真を撮ったりという遊びで盛り上がってたのを尻目に早々解散させたら、後で生徒にもっと面白いことをやらないと、というダメだしをくらいました。すんません。
 ホールに財布を忘れた子に届けたりとかちっちゃい仕事をこなした後、同僚の車で学校に送ってもらって一仕事をして、帰って寝る。明日はGW前最後の出校日、私は授業がありません。

2012年4月29日 (日)

和して同ぜず

 6時過ぎに学校に入ったら、既に中央ステージの準備を始めている高3がいました。高1は流石にまだ登校していません。職員室で、昼から行われる体験授業の準備を。7時過ぎ頃から、テントバザーで品物を売る高1も登校を始めて、クッキー班とたこ焼き班とがそれぞれ準備を始めました。学園祭初日、F校会場の日は私服登校OKなので、みんな頑張っていますね。私は授業があるので私服ではありませんが、学園祭に参加していますという姿勢を示すために、上半身は学園祭Tシャツ(生徒が独自に作ったもの)の上にカッターを羽織るという形。

 午前中、中央ステージで行われるお笑いコンテストの審査員を頼まれたのに参加。これはなかなか辛いお仕事。こういう場に立たされると、私本気で審査しようとしてしまうので(後で高1の生徒に「M-1の松本かってくらい渋い顔で見てた」って言われました)、多分空気を壊してしまったんじゃないかと反省。客席に、去年壇上でウケをとった卒業生女子2人組がいたので、「乱入して貫禄をしめそうよ」ってジェスチャーでメッセージを送ったんですけれども、全力で拒否されました。結局同性愛ネタが一番面白いというね、ボケのピンマイクが入ってなかったってのも仕込みなんだったら感心ですね(舞台を観てない人には全く分からない書き方ですけど)。

 朝と昼とに咳止めの薬を飲んだので、体験授業で喉がバーストすることはありませんでした。漢文なんて地味な科目でお客様(保護者が多いかな)が来て下さるのかどうかは分かりませんでしたが、50人入る教室で80部準備した資料は全部無くなっていました。いつも通りあっぷあっぷでやってた緊張と、若干の熱発でぼ~っとしてたのとで、授業の記憶はほとんど残っていません。
 学園祭のことをよく知らない高1生徒には、「客が全然来なかった。君らも知ってる通りのさっぶ~い授業で途中で帰る人ばっかだった」って言い回ったんで、それを信じてる人も多いはず。「全然来なかったってね。俺が行ってやってもよかったのに」って言われたし。

 さて、体験授業にもいらしていた卒業生氏(56回生、58回生、60回生等々)と後で駄弁。60回生某嬢は、中3の時に遊びに来た学校祭で私がやった体験授業をご覧になってF高受験を決めて下さったんですって。某嬢の性格の中にはお世辞でそういうことを言う下品さは絶対になくて、だとしたら私の「自分より頭のいい人から過大評価される」という才能がF校の役に立ったってことで大変に悦ばしいことです。バレンタインの御礼をまだしてないから、何を送るか考えないとなぁ(今度の上京旅行で探すつもり)。

 昼過ぎ、バザーも終わってお客様がお帰りになった後は、昨日と全く逆の手順で備品移動。ウチのクラスに一人途中で帰ってた生徒がいて、サボリなのか天然なのか良く分からないんでどうしようか迷ったんですけれど、よく考えたらその人寮生なんで問答無用で呼び出しゃいいだけだった、ということで寮に迎えに行く。携帯電話で彼と連絡を取ってくれた某生徒に感謝。

 諸々疲れて帰宅。後1日だけ身体が持ったら勝ちですけど。

2012年4月28日 (土)

正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ

 寝る汗かく起きる薬と水飲むというのを繰り返して、朝5時の時点で6度3分まで下げた私の身体を誉める。一晩で下がったってことは、インフルエンザではなかったということでもあるし、堂々と学校に行けます。
 ということで、5時20分にチェックアウト、タクシーで家に帰って着替えたら、そのまま出勤。6時25分に職員室入りしたので、6時30分に音楽室ピアノ練習の生徒を待てましたし、7時の図書館オープンも問題なし。高3の授業もやれたかも知れない(まさか一晩で3度も熱が下がるとは思わなかった)けれども、咳だけが止まらない現状を考えてそれで良かったと思うことに。8時、バザー出品の生徒のテント立ち上げを監督(指示を出すとかではなくて、横に立ってて、事故が起こったときの責任を負うという仕事だと認識)。

 午前中半ドンの担任業務デスクワーク。午後は、高3委員主導の備品移動。明日の本校学校祭は、校舎に外部のお客様を呼んで各教室でバザーや展示を行うという形式(中央駐車場には大きなステージも出来ますし、中庭その他ではテント屋台も営業)。その教室の、机や椅子を別の場所に移動して明日の準備をするというのが備品移動の内容です。私は、生徒が移動作業をするのの監督をする。
 まぁ相変わらず教員の話を聞いちゃいねぇ人達が、それでも帰らずサボらずなが~い時間待機してるってのは我慢強い(運ぶのは瞬殺、放送による指示でのみ動ける生徒たちの最も大変な仕事は、「待機」すること)。

 私の監督クラスは、椅子を21脚上の階の別クラスに運び込む必要があるそうです。21脚というのは、クラス監督の私がもらったプリントに書いてある数字。
 受け入れ側のクラスの委員が、私のクラスに注文をつけに降りてきました。曰く、椅子が5脚足りないから早く運んで欲しい(そうしないと次のステップに行けない)。
 教員「指示された数の椅子を運ぶのを私は確かに確認したので、足りないというのは納得が出来ないです。だって、このクラスに『運ばれずに残っているはずの椅子の数』はきちんと僕の持っているプリント通りになっているでしょう?」
 委員「でも、こっちは5脚足りないんです」
 教員「受け入れ側の階、君たちが担当している階の、別のクラスに間違って生徒が運んだ、という可能性はあるかも。その場合はこっちの責任ですね」
 委員「他のクラスは全部椅子の数を確認しました。間違っていませんでした」
 教員「運び出した後のこのクラスに残っているべき椅子の数は正しい。受け入れる側の上の階の、当該クラス以外の全てのクラスにあるべき椅子の数も正しい。当該クラスだけ椅子が5脚足りない、と」
 委員「そうです」
 教員「変だよね?」
 委員「……」
 教員「椅子が5脚消えた、という結論になるかな。どこがおかしかったんだろう?」

 話変わって、私の(中高大とTQCの)同級生、友人であるところのでっくんは、理Ⅲから東大病院という正しいエリートで、腐れ縁というにはでっくんが私に優しすぎるという非対称な関係が何故か20年も続いているのですが。彼が間違えるということは3年に一度あるかないかなので、それを見つけたら即座にツッコむというのが学生時代の私の生き甲斐みたくなっていまして(結局、11年間で3度しかありませんでした)。そのうちの1回の話。
 中1か中2の時。二人で西鉄路線バスの停留所に行ったら、真っ先にでっくんが時刻表をのぞき始めたんですね。これは得たり、でっくんの肩を叩いて右側遠くを示して、「バス来てるよ。最初にあっちを確認したら?」
 すんごい嫌な顔されましたけど、「だって、西鉄バスの時刻表って、あてになんないからね。これは、間違ってる方と間違ってない方に分けた場合の、間違ってる方の数字」って付け足したら納得してくれました。

 場面は備品移動のF校後者に戻って。
 教員「上に戻って、君たちが受け容れるはずの椅子の数を確認してもらっていいかな? こっちが運び出す21脚と違っていたら、どちらが正しいのかを調べて教えて下さいね」
 慌ててなかったら委員の人達もすぐに気づいたと思いますけれども、受け入れ側のプリントに26脚って書いてあったそうです。
 自分たちが間違えている可能性を勘定に入れるっていうのと、数字が間違えている可能性を勘定に入れるっていうのは、次元が違う2つではありますけれども、忘れられがちだってことは共通してますね。

 数字が間違えている可能性を勘定に入れるという観点から、私は午後の保健室で体温計が示した37.5度を信じないことにします。高1にしてテントバザーで食べ物を売るよ、っていうチャレンジ精神旺盛な方々の開店準備を夕方までひやかす。

2012年4月27日 (金)

汗にまみれること ああ それが青春

 昨日保健室のベッドで寝てる時からして手の甲が熱~くなってたから熱があることは分かっていましたけれども、とりあえず今日は授業が4コマ(1限・4限・6限・7限)あるし、放課後は明後日から始まる学園祭のためのテント立ち上げ監督があるし、出勤して仕事をするという選択肢以外は存在しないわけで。
 今週の頭に高1古文の小テスト(動詞活用)をやったことについて生徒から、「週の頭は英数の小テストが詰まってて忙しいんだから、突発的に小テストをやるなら金曜の古文の授業でやればよかったのだ」と指摘されたので、「それではリクエストにお答えして次の金曜日は助動詞の活用の小テストをやりましょうか」って答えて生徒から「ざけんな死ね」という暴言を浴びた、その小テストが今日行われるので、それに向けてもし昨日勉強した生徒がいたとして、はい教員が休みなんで今日の小テストはっていうか授業は中止~、とか言われたときの徒労感は申し訳ないですからね。

 職員室にて、学年主任の先生と。
私「本当に、生徒たちは変わったと思います。勉強するようになりましたもん」
主「まだまだ十分とは言わんけど、意識は確実に向上してるよね。良い生徒やもん」
私「本当にそう思います。こないだの授業で『次回の授業で小テストをやります』って宣言したら、『死ね』とは言いましたけれどもテスト自体が嫌だってそぶりはあんまりなかったですもん。まぁ、やるんならやればぁ、みたいな感じで。ちょっと感動しちゃって」
主「っていうかお前、生徒に『死ね』って言わせんなよ」

 で、担任をやってるC組の授業が1限、その後明日の高3漢文(1~4限)の授業プリントを印刷して、4限の授業をとりあえずこなした後、昼休みに疲労なのか何なのかとにかく体が異常を訴えて職員室の机に突っ伏す。これはやばい。
 よしゃあいいのに、保健室に行って熱を測る。8度くらいあったら、明日の1~4限の授業を別の先生に代わってもらう算段を立てよう。朝のテント立ち上げと放課後の備品移動(明後日の日曜日がF高にて学園祭、明々後日の月曜日が市民会館で学園祭2日目です)監督は絶対に外れられないから、授業だけ外してもらうのは気が重いけれども、何せ明後日の体験授業(外部のお客様に向けて、漢文を45分間)と明々後日のコーラス大会(クラスの生徒に混じって歌う)とは絶対にキャンセル出来ないからなぁ。
 ……9度2分愕然、やっべぇ。

 高3授業担当の先生に手を回して明日の授業を代わっていただいて(振り替えの授業はGW明け)、6限の始まるまでの1時間を机に伏せてやり過ごす。午前中に2クラスで授業をやっている以上、進度を考えたら他の2クラスをやらないということは出来ないので、同僚諸氏からは「帰って休め」と言われましたがそうは行かず、とりあえず風邪薬とマスクで6・7限の授業。汗が止まらないので、本当はいけないんですけれども飲み物を持って、それを飲みながら喋ることにしました。

 数字の魔力、体温を見たら突然病人の自意識が芽生えるというね。意識が朦朧としてきますもん。というわけで、6限・7限の記憶はほぼなし。覚えているやり取りは下の1つだけ。
 生徒「9度なら帰れ」
 教員「もし私が昼に帰っていたら、あんたたちは自習の時間にコーラス大会の練習をすることになります。ただでさえウチのクラスはコーラスが遅れてるんだから、敵クラスの人たちにこれ以上コーラスが巧くなってもらったら困るわけですよ。あんたらの為ではなく、私は私の組の生徒のために授業をするのです」
 生徒「ざけんな帰れ」
 喋った内容はあんまり覚えてないけれど、回収した授業プリントの書き込みを見る限り、言うべきことは言ってると思う。

 F校スローガンの一つ「授業が命」は、あれは生徒向けに語る人が最近増えてきましたけれども本来の使い方は多分教員を戒める為のもので、それくらいの気概で授業をやってくださいという意味だと思います。って言いながら明日の高3授業を人に代わってもらうのはどうよって話ですけど、若し明日熱が下がらずに4限ノンストップをやったら高い確率でそれ以降の学園祭業務を放棄することになり、それは違った角度から高3の方々にご迷惑をかけることになる。運の悪いことに、副担任の先生が明日から2日間出張不在になるので、担任である私は1時間だって欠勤できないっていう高1的な事情も重なっており。

 放課後のショートホームルームに行ったら何人かの生徒に「さっさと帰れよ」と心配をしてもらったんですけれども、一番体力を使う授業をやったんだからその他の業務なんて出来ない方がおかしいわけで。放課後のテント立ち上げ監督まできっちりやって、学校を出たのが18時。

 帰りは流石にタクシーを使いました。車内から「もりき」に電話して、雑炊を作ってもらう。朝から液体以外何も口にしていないので、全然食欲はないけれども何か食べとこうということで。
 客「この店に入ったら酒を飲みたくなるよねぇ、体調が理由で休肝日とか自分が情けない」
 主「奇貨、奇貨。今日はこれだけ食って、帰ってあったかい布団でぐっすり寝ることだね」
 客「あったかい布団……」

 仕事のことを考えたら、現在9度3分の体調を何としても明日までに戻す必要があります。その為なら何でもしようと思っていたので、マスターの助言を丸っと聞き入れる。
 客「ウチの布団、羽毛じゃない煎餅なんで」
 主「ん?」
 客「今の助言で決心がついた。今日はホテルに泊まる。ごめん、タクシー呼んで」

 駅前のホテルにタクシーで移動。途中、ドラッグストアで下着の換えを3枚、体温計、ペットボトルの水2本を購入。風邪薬は、保健室からもらっています。
 20時チェックイン、ベッド。ネクタイだけとって、ジャケットさえ脱がない厚着で頭から布団をすっぽり。5分で汗だくになりますが、アメニティのフェイスタオルとバスタオルをフル活用しながら。
 2時間置きに目が覚めるたびに、シャツを着替えて、水を飲んで、また頭から布団を被って。

«絶対に絶命!?

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